1928(昭 3) |
昭和初期のシボレー号一屯車 創業者藤尾定尾が1928年式シボレー号一屯車一両(価格2,350円)を購入して貨物自動車運送事業開業 |
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1929(昭 4)世界恐慌、1930(昭 5)昭和恐慌、1931(昭 6)満州事変、1937(昭12)盧溝橋事件、日中戦争〜 |
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1937(昭12) |
戦争は日増しに苛烈となり、軍当局によって戦時統制令が発令される 福井県下の貨物自動車運送事業者統合、戦時輸送体制に協力することとなる(第一次統合) |
福井県下に51あった事業者に統合が進められ、半官半民の国策会社として設立された日本通運の福井・鯖江・武生・大野・勝山・小浜の各支店と、福井貨物自動車・大野貨物・越前貨物・敦賀貨物・敦賀港海陸運輸・小浜貨物の各株式会社となる |
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1941(昭16) |
戦時中時局の要請により県下の個人経営者が統合し、福井貨物統制有限会社を設立、藤尾定尾代表取締役就任 |
焦土と化した福井 1941(昭16)太平洋戦争〜1945(昭20)終戦 |
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1949(昭24) |
戦後の企業解体により丸福トラック株式会社として分離独立、一般区域貨物自動車運送事業免許 藤尾定尾「今日の誓い」を制定 |
1950(昭25) |
6月21日福井貨物自動車株式会社に社名変更、名実ともこれが設立の日となる |
1952(昭27) |
一般路線貨物自動車運送事業免許(福井〜大野線、福井〜三国線、福井〜武生線) 昭和28年正月本社(三の丸)前 昭和20年代中頃の8号線 |
1952(昭27)福井復興博覧会 1952(昭27)経済復興と自動車輸送の進展に対処するため新「道路法」が公布され施行 1953(昭28)九頭竜川総合開発計画の中核である、発電、治山治水、農業水利などの多目的ダム建設を基本とする真名川総合開発事業が着工される |
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1957(昭32) |
武生〜神戸路線延長免許、武生営業所、神戸営業所新設 大阪西営業所新設 |
昭和35年ふくいまつり 1952(昭27)「道路整備特別措置法」により有料道路建設の道が開け、福井県下では、55(昭30)武生トンネルの工事が始まり、58(昭33)武生有料道路が完成、62(昭37)には敦賀有料道路が完成 1957(昭32)「国土開発縦貫自動車道建設法」により中央自動車道などの建設計画が進められ、61(昭36)新潟市を起点として名神高速道に接続する北陸自動車道が、同法に追加される。 1962(昭37)北陸トンネルの新線開通 |
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1962(昭37) |
一般乗用旅客自動車運送事業免許(福井市) |
昭和38年「三八豪雪」当時の福井市内 1963(昭38)一月「三八豪雪」 1964(昭39)国道8号線、1967(昭42)27号線の改良工事が完了したのをはじめ、国道、主要地方道などの幹線道路の改良に先導されるかたちで、県内道路の改修事業が進展 |
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1967(昭42) |
福井貨物自動車(株)の運転者としての心得「安全運転10則」制定 高岡営業所新設 北陸牛乳運送株式会社設立 富山〜名古屋(国道41号線経由)路線延長 名古屋営業所新設 |
1968(昭43) |
東大阪ターミナル建設 |
1970(昭45)年の交通事故死亡者数16,765人、交通事故発生率史上最悪『神風トラック』『走る凶器』 |
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1971(昭46) |
移転間もない頃の本社社屋 富山ターミナル建設 福井本社タ−ミナルを建設、本社移転 |
1972(昭47) |
丸福産業株式会社を設立 |
1972(昭47)「北陸自動車道」金沢西・小松間が開通したのに続いて、73(昭48)小松・丸岡間、75(昭50)丸岡・福井間、76(昭51)福井・武生間、77(昭52)武生・敦賀間、80(昭55)敦賀・米原間、と順次開通して名神高速道と接続、同年中には、今庄・敦賀間が開通。 |
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1973(昭48) |
タクシ−部を分離独立、丸福タクシ−株式会社を設立し事業を継承 |
1973(昭48)10月第四次中東戦争が勃発、第一次オイルショック |
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1974(昭49) |
北大阪ターミナル開設 小牧ターミナル建設 |
1977(昭52) |
敦賀ターミナル建設 金沢ターミナル建設 軽車輌運送事業届出 |
1978(昭53) |
一般区域貨物自動車運送事業免許取得 小松ターミナル建設 |
1978(昭53)イラン革命によりイランでの石油生産が中断、同年末にはOPECが計14.5%に及ぶ4段階の原油値上げを決定、第二次オイルショック |
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1979(昭54) |
輸出入貨物取扱い部門を開設 |
1980(昭55) |
通関業許可 大阪南港ターミナル開設 武生ターミナル建設移転 |
1980(昭55)12月、1981(昭56)3月豪雪、「五六豪雪」 |
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1983(昭58) |
東京葛西ターミナル開設 藤尾定尾が代表取締役会長に、藤尾繁郎が代表取締役社長に就任 金沢ターミナル建設移転 |
1985(昭60) |
宅配便営業開始 |
1986(昭61)バブル景気、平成不況「失われた10年」のはじまり 1987(昭62)東京佐川急便事件 |
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1989(平 1) |
代表取締役会長藤尾定尾逝去 |
1990(平 2) |
創立40周年記念式典 通運業免許 創立40周年を機にCIを導入、サ−ビスネ−ム「RUNI(ラニイ)」を発表 高岡ターミナル建設移転 |
1990(平 2)10月協力先 大手路線会社が更生手続開始の申立て、12月物流二法(「貨物自動車運送事業法」「貨物運送取扱事業法」)が施行 |
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1993(平 5) |
東大阪ターミナル建設移転 |
1996(平 8) |
敦賀ターミナル・倉庫建設移転 倉庫業許可 |
1997(平 9) |
藤尾繁郎が代表取締役会長に、藤尾洋児が代表取締役社長に就任 |
1998(平10) |
引越運送開始 名古屋営業所を小牧支店に統合 |
1999(平11) |
西大阪営業所を大阪南港支店に統合 10月5日代表取締役社長藤尾洋児逝去、10月12日清水則明が代表取締役社長に就任 |
2000(平12) |
文具事務用品通販の配送開始 「中堅幹部ステップアップスクール」開始、8月まで5回にわたる ISO9002認証取得(敦賀支店倉庫部門) 「創立50周年記念大運動会」於こまつドーム 敦賀支店倉庫部門ISO9002認証取得 創立50周年を機に、社内報第1号発刊 全支店のオンライン化を目的に、92年以来使用してきた公衆回線ISDNを専用回線に切り替え、情報量の増大、新たなサービス・新技術への対応、コスト削減など時代にマッチしたネットワークの構築をはかるため 産業廃棄物収集運搬業許可(福井県) |
2001(平13)3月協力先 大手路線会社が民事再生法申請、数日前には同じく協力先 大手路線会社が自己破産申請 |
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2001(平13) |
宅配業務取扱中止 |
2001年(平13)「自動車NOx・PM法」が公布される、同年「新総合物流施策大綱」が閣議決定される |
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第1回エコ・ドライブ運動推進実行委員会開催、全社にエコ・ドライブ開始を宣言 敦賀支店第2倉庫完成、環境保全企業賞受賞(福井商工会議所) |
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2002(平14)「自動車リサイクル法」成立 2003(平15)貨物自動車運送事業安全性評価事業における優良事業所認定制度(「Gマーク」、社団法人全日本トラック協会)はじまる |
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2003(平15) |
福井県内の2事業所を皮切りに、Gマーク取得 |
2003(平15)4月改正物流二法(物流三法)施行 |
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お客様アンケート「配達業務についてのご意見のおうかがい」実施 |
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7月「安全性優良事業所」認定制度スタート 9月道路運送車両の保安基準が改正「速度抑制装置(スピードリミッター)」の装着が義務付けされる |
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2004(平16) |
日本郵政公社「自動車による郵便物の運送業務」を受託 |
2004(平16)7月「福井豪雨」 2003(平15)「下請法」の改正により、従来無縁であったトラック業界にも「下請法」が適用、翌年には、公正取引委員会により、物流業に対し独禁法の特殊指定(「特定荷主が物品の運送又は保管を委託する場合の特定の不公正な取引方法」)の告示 2004年後半 軽油等燃料費高騰の経営圧迫が顕著、都市部における排ガス規制による車両入れ替えの必要から車両購入費負担増が顕在化 三菱ふそう制大型車両の欠陥によるリコール問題、三井物産のDPF装置のデータ捏造事件 |
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中国浙江省杭州市に駐在員事務所開設 後半 商流部門、国際部門ともに事務合理化を目的とした新システム導入の検討始まる |
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2004(平16) |
10月福井県下の3事業所一斉にグリーン経営認証取得(社団法人交通エコロジーモビリティー財団) |
2005(平17)2月「京都議定書」発行、4月には「京都議定書目標達成計画」が閣議決定され、その中で、運輸事業のグリーン経営普及促進が定められる |
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2005(平17) |
前半 ETC車載器の設置を加速、福井市内の事業所に配備したトラック車両50台にデジタルタコメーターを搭載(財団法人運輸低公害車普及機構「EMSモデル事業」) |
2006(平18) |
高岡支店を富山支店に統合、富山支店を富山市金屋企業団地に新築移転 |
2006(平18)4月「改正省エネ法」施行、10月「運輸安全一括法」施行 |
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神戸支店を神戸市中央区ポートアイランドに移転 |
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2007(平19) |
国際部富山営業所を開設 国際貨物の取扱いについて株式会社近鉄エクスプレスと業務提携 |